スマホ対応を断固拒否し、家庭ゲーム専用機向けのコンソールゲームにこだわる任天堂が、健康事業という新たな軸を打ち出した。これにはマーケットもさすがに失望している。

スマホソフトは供給せず、岩田社長は続投

 任天堂の岩田聡社長は1月30日の経営方針説明会で、スマートフォン向けに「任天堂のソフトを供給することはしない」と語り、健康をテーマにした新規事業を展開すると発表した。これまでゲームを主力としてきた任天堂の事業領域を一歩広げて考えるということで、今年中に事業の内容を示し、2015年度中に開始するという。
 岩田社長も就任当初は携帯型ゲーム機「ニンテンドーDS」や据え置き型ゲーム機「Wii」を矢継ぎ早に投入するなど調子が良かったものの、最近は迷走している感が否めない。任天堂は業績不振が続いているが、岩田社長は辞任を否定し、役員報酬をカットしながら続投するとしている。つまり、給料カットを通じて不振は認めるが、経営者としての責任は取らない、ということだ。
 ゲーム業界はコンソール型からスマホ型へ大転換する「スマホショック」に見舞われ、旧来型のゲームメーカーは苦戦を強いられている。任天堂も例外ではない。
 その岩田社長が新規事業を展開するということで注目を集めたのだが、肝心のスマホには対応せず、健康事業を展開するということでマーケットは失望した。ゲームについてはあくまでも従来型のコンソールゲームにこだわるというのである。

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業績不振は2007~11年の急成長の反動

 ここで「任天堂の業績推移」をご覧いただきたい。
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 2009年をピークに任天堂は売上高、営業利益ともに急降下し、2012年には373億円の赤字に転落した。1962年の上場以来初の営業赤字だった。2014年も売上高は低迷し、赤字が続くと見られている。
 もっとも、2007年から2011年を除けば、任天堂の売上高は過去20年以上、6000億円前後で安定的に推移してきた。それが、DS(2004年)とWii(2006年)、さらには「ニンテンドーDS Lite」(2006年)、「ニンテンドーDSi」(2008年)、「ニンテンドーDSi LL」(2009年)の一連のヒットにより、2007年から2011年の間に過剰に成長してしまったのである。
 結果的に固定費が増加した任天堂は、売上高が再び6000億円に戻っても、利益を生めない体質になってしまった。かつては6000億円の売り上げで長期にわたって高い収益性を誇っていたので、会社の体質が変化してしまった、ということだ。現在の苦境は、急成長の反動でもあると言えるので、もし岩田社長が言うようにコンソールで生きていくなら昔の体質を取り戻すことが急務だ。

Next:「Wii U」の販売台数が大きく低迷


「Wii U」の販売台数が大きく低迷

 一方で、コンソールゲームのハードの寿命という問題もある。「任天堂の主なゲーム機の販売台数の推移」をご覧いただきたい。
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 上述したように、DSとWiiのヒットにより、2009年には合計販売台数が6000万台弱にまで膨らんだ。その後、任天堂は次世代機として「ニンテンドー3DS」(2011年)と「Wii U」(2012年)を発売する。
 ところが、3DSとWii Uの販売台数は、旧世代機の販売台数に遠く及ばない。とりわけ、Wii Uの販売台数が低迷していることが、業績不振に大きく影響している。
 任天堂という会社は、商品の寿命が非常に短いということが問題の核心なのである。あるいは任天堂自身が次々にハードを投入するために、自ら製品寿命を短くしてしまっている、という見方もできる。ゲーム機の世代交代時には、旧世代機がオールクリアされる。会社全体を支えてくれていた商品が、数年後にはきれいになくなってしまうのだ。
 つまり、ハードの更新に失敗した、あるいはその更新を急ぎすぎたということになる。本来なら、ハードをいったん世に出せば、ソフトをどんどん出して、ますますそのハードが売れるようにしなければならない。

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従来ソフトの路線に加味する新しいジャンル開拓が必要

 しかし、任天堂は十分なソフトを投入する前に新たなハードを打ち出し、需要をリセットしてしまった。自分で自分の首を絞めたようなものだ。
 こうなると、ハードの売れ行きがよくないので、ソフトをいくら出しても売れなくなる。まさに悪循環である。
 岩田体制の問題は、ハードの開発体制が整ってきたので、次々に新しい機種を投入し、それに見合う(魅力あふれる)ソフトの投入が追いついていない、というところにある。
 もっとも、「スマホショック」が起きれば、遅かれ早かれハードが売れなくなる事態は避けられなかっただろう。それでも、スマホに対抗できないようなハードをわざわざ更新するのは、得策とは言えない。
 任天堂はもともと「ファミリーコンピュータ(ファミコン)」で地位を築いた会社なので、「スーパーマリオブラザーズ」などの家庭向け健全路線のプログラムを主体としている。その路線から離れない、という方針は間違っていないのだろう。ソニーの「プレイステーション(PS)」用のゲームが格闘技や殺戮も辞さない、というのとは一線を画している。また比較的好調なマイクロソフトの「Xbox」はスポーツやカーレースなどアメリカ人好みのソフトを多発している。
 それに対して、任天堂も何か従来の路線に加味する新しいジャンルを開拓しなくてはいけない、今までのやり方ではいけない、と気づくべきなのだが、そこで出た結論が健康事業というのはいただけない。

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日本発の世界商品メーカー・任天堂の復活を期待する

 確かに、ナイキがカロリー消費量などを計測してスマホと連携するといった商品を出しているし、タニタやオムロンなどの健康機器も次第に“スマート”になってきている。
 ただ、すでに多くの企業が参入し、さまざまなアイデアを出している健康分野はまさにスマホがその中核頭脳となっている。スマホではなく、コンソールとソフトと一体で任天堂が参入して爆発的なヒットを生み出すことができるのだろうか。
 Wiiでは家庭のテレビ画面と連動したエクササイズがヒットし、高齢者などを巻き込むことに成功した。スマホで体脂肪計などと連動させてカロリーコントロールをするソフトが最近アメリカなどでは減量の中心的な道具となっている。一種のブームと呼んでもいい。
 これとWiiのエクササイズを組み合わせたようなコンセプトが何となく目に浮かぶが、実際、岩田社長が具体的にどういう事業展開を考えているのかまだわからない。断定的な言い方は控えるべきだろうが、健康分野でもまたスマホが先行しているし、影響は大きい。
 スマホではない独自のハードとソフトというヒントだけで批判することは避けなくてはならないが、先行きに不安を感じるのは私だけではないはずだ。一刻も早く新コンセプトの発表を聞き、日本発の世界商品メーカー・任天堂の復活を見届けたい、と思っている。